飲み会があった。
席はくじ引きとのこと。
上座も下座も、主役席もない。
「大学のサークルか」と心の中でつっこみつつ、
こういう形も今は自然なのかもしれないと思った。
私の隣には新人が座った。
料理が運ばれてきても、あまり動かない。
何をしたらいいかわからない、というより、
特に何も考えていないようにも見えた。
サラダを取り分けてもらえる?と声をかけると、
「野菜が苦手なので」と、やんわり断られた。
そのあとも、料理が運ばれてくるたびに、
大皿から自分の食べられるものだけを選んでいる様子だった。
目上を立てる、といったことも、
もしかするとあまり前提ではないのかもしれない。
続かない会話を拾っては、上司にパスをする。
少しだけ気を遣う時間が続いた。
こういう場面で感じる違和感を、
「最近の若い子は」と言い切ってしまうのは、
なんとなく違う気がしている。
ふと、その子が自分の親のことを
「お父さん」「お母さん」と呼んでいたのを思い出した。
それが何かを意味しているのかはわからないけれど、
どこかでつながっているのかもしれない、とも思う。
自分の親の呼び名を、他人の前では「父」「母」に変えることは、
今も昔も学校で教えることではないらしい。
回鍋肉の肉とキャベツ以外の具を、
あんなに意識して食べたのは、はじめてだ。
私は彼女の分もサラダをよく食べ、肉を譲り、会話を拾い、よく働いた。
私はそんな私が嫌いじゃないんだ。
